
「ハワイアン・ジュエリーとは、人と人、人とハワイを結ぶ絆なのです」
ピンク、イエロー、ホワイトやグリーンがかった様々な色とつやのゴールドで作られるブレスレット。プルメリアやマイレなど、自然のモチーフが丁寧に彫られ、大切な言葉が刻まれたハワイアン・ジュエリーの代表格だ。手に取ると、ずっしりと重い。フィリップ・リカードの作るブレスレットは、その質の高さで多くのファンに愛されている。彼こそは、過去20年以上にわたってハワイアン・ジュエリーを世界に知らしめてきた、第一人者である。
生まれ育ったオレゴン州からイタリアへ渡り、ジュエリーの基礎を学んだ。「高校を出てイタリアに旅したとき、ベローナやベニスなどの街で博物館に通い、ワークショップに参加して、職人についていろんなことを習いました」
その後米軍に4年間従事し、フロリダ州ではダイバーとして海に潜る日々を送る。1971年にハワイに移住し、建設業やジュエリーの修繕などに関わりながら、1986年に最初のジュエリー店をロイヤル・ハワイアン・センターにオープン。毎日14時間休みなく働いて店を軌道にのせる。ジュエラーとしての転機は翌年、ハワイアン・ジュエリーの本の執筆を依頼されたときに訪れる。
「軽い気持ちで執筆を引き受けたのに、歴史を探ってイギリスへ何度も足を運んでいるうちに出版まで6年かかる大仕事となりました」
1993年に発行となった本のタイトル『A Lasting Remembrance (Hoomanao Mau=永遠の思い出)』は、イギリス王朝と親交のあったリリウオカラニ女王が最初に職人に作らせたブレスレットに刻まれている文字でもある。フィリップは、リリウオカラニ女王にまつわるハワイアン・ジュエリーの起源、歴史、文化をこの本の中で詳らかに綴った。さらに研究を続けた彼は、近年新しい発見をする。リリウオカラニ女王のブレスレットに刻まれていた記号が、リリウオカラニ女王の祈りの言葉であったことを解読する。
「不幸にもハワイ王朝最後の女王となった彼女を、このブレスレットとそれに記された祈りの言葉が、日々支え続けたといえるでしょう」。
ハワイアン・ジュエリーが持つ歴史的背景、文化に深い尊敬の気持ちを込めて、フィリップはジュエリー制作に励んできた。現在70名の従業員、7店舗を構えるジュエリー店として成長した今も、彼は足しげく工場に通いつめ、顧客と対応することもしばしば。
「親子で訪ねて下さる顧客と話をしたり、娘さんの成長ぶりを見せてもらうのがたいへんうれしいですね。この仕事に誇りを持っているし、毎年帰ってきて下さる顧客をありがたいと思っています」
また、ハワイアン・ジュエリーがエアルーム(家宝)・ジュエリーと呼ばれる語源については、「母から娘へ、娘から孫娘へと受け継がれていくハワイアン・ジュエリーは人と人、人とハワイをつなぐ絆です。だから、わたしの店では『ハワイアン・エアルーム・ジュエリー』と呼んでいるのです」と語る。

住まいはダイヤモンドヘッド近くで、毎年イタリア、日本、香港へと旅に出かけることが多いというフィリップ。先祖はイギリス人という彼のルーツがまた、イギリス文化とハワイ文化が融合したハワイアン・ジュエリーの制作に大きく影響しているのはいうまでもない。
Philip Rickard Honolulu
ロイヤル・ハワイアン・センター 3階 & 1階
アラモアナセンター1階 ほか計7店舗
www.philiprickardhonolulu.com
【写真上】見事な彫刻と、ロイヤルブルーのエナメルをあしらった「アリイ
(王族)シリーズ」のブレスレット
【写真中】ギャラリーのような店の一角では、ハワイ王朝の資料が
【写真下】工房で制作にいそしむフィリップ氏
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