
「ミュージシャンの自分と私生活の自分
どちらも同じジェイク・シマブクロなんだ」
ピュアでナチュラル、彼の奏でる音楽そのままのイメージがぴたっと重なる、さわやかな好青年、ジェイク・シマブクロ。今年31歳になったばかりという年令にも関わらず、数々の音楽賞に輝くなど、ウクレレ奏者としてのキャリアはすでに国内外に広く知られている。
「ウクレレを始めたのは4歳のとき。母親にコードやメロディーを教えてもらって弾くのがすごく楽しかった。新しい曲を覚えたらまっ先に母親に聞いてもらっていた」と、今でも当時の楽しい気分を覚えていると語るジェイク。何より「好き」という気持ちから音楽に入っていった。
「次に習ったのがタミー・アキヤマという先生で、6年間レッスンを受けた。それはすばらしい先生で、彼女が先生を辞めたとき悲しくて、2年ほどウクレレを持つ気にもなれなかったんだ」
それを機にジムナスティックやスイミング、フィッシングなど、アウトドアや体を動かすスポーツに励んだり、ドラムなど他の楽器を手に取るようになる。
ジャズやブルース、ロックにポップス、クラシカルと様々なジャンルの音楽に触れながら、自由に才能を育てていった十代。高校時代は仲間とバンドを組んで、カフェテリアや卒業パーティーで演奏する、ごく普通の音楽好き少年だった。その彼に啓示ともとれる瞬間が訪れる。それは大学の音楽理論の授業中のことだった。
「教授が口にしたあるコード名が頭にひっかかって、その謎を解いた瞬間、音楽について疑問に思っていたことすべてが理解できたんだ。音も、コードも、進行も形式も。今日のボクがあるのも、あの理論のクラスを取ったおかげだ」
実際これ以降のジェイクはミュージシャンとしての才能を一気に開花させる。
1998年にはバンド「ピュア・ハート」でデビューを果たし、翌年にはナ・ホク・ハノハノ音楽賞で新人賞ほか4部門を受賞。ピュア・ハート解散後、2000年に「コロン」を結成、翌年3年連続でナ・ホク・ハノハノ音楽賞に輝く。しかし、自分の音楽を追求するには独りがいいと、2002年ソロで活動を始める。
ジャンルを超えた音楽との関わりが、ハワイアンミュージックだけの枠にはまらない、新しいウクレレ奏者としての地位を確立していった。ソロになると、より音楽に表現力が求められるようになった。音楽に対して、もっと正直に向き合う必要があった。
「音楽はパワフルなコミュニケーション手段だと思う。何かを伝えるには、まず自分に正直にならなくては。ミュージシャンの自分とプライベートの自分を使い分けるなんてできない。ありのままの自分を認め、素直な心のまま音楽を作っていきたいんだ」
その自分づくりのために、自己管理は徹底している。2006年のホノルルマラソン出場をきっかけに、食べるものはオーガニックにこだわってできるだけ自分で料理し、毎日大量の水を飲んでいるおかげで、風邪を引かない体質になったという。
ソニーとの契約、ハワイ州観光局イメージキャラクター、邦画「フラガール」の音楽プロデューサーを務めるなど、日本との関わりも強いが、同時に全米アルバムデビュー、全米ツアーも果たし、今後もますますの活躍が期待されている。音楽の夢は膨らむばかりで、将来は、オーケストラの作曲にも興味があるという。忙しすぎて現在ガールフレンドはいないそうだが、本当はそろそろ結婚して家庭を持ちたいと語る。
「弟に先を越されちゃったし」と、5歳下の弟でミュージシャンのブルース・シマブクロが結婚してプレッシャーを感じると、笑いながらも素直に話すジェイク。恋愛中の彼なら、きっと心がとろけるようなラブソングを作ってくれることだろう。
ジェイク・シマブクロ日本語サイト http://www.jklub.jp |