
「文化とは、過去の遺物ではなく、
未来への橋渡しとして日々創り上げるもの」

クムフラ、ミュージシャン、言語学講師、と幾つもの顔を持つケアリイ・レイシェル。常連となっているハワイの音楽賞「ナホク・ハノハノ・アワード」では、今年も人気エンターテイナー部門で受賞した、ハワイ音楽界のスターだ。マウイ島に住む彼は、日本を含め各国をコンサートで飛び回る。メキシコから帰国したばかりのインタビューで、彼は自分の音楽の基礎はフラだったと語り始めた。
「ハワイアンの祖母がハワイ語を話せるなんて、大きくなるまで知らなかった」
ケアリイの父はドイツ人、母はハワイアン。祖父母の時代も、両親の時代もハワイ語やフラ、ハワイの文化は学校教育では二の次にされていた。家族の誰からもハワイの文化について教えられることなく育った彼が、初めてフラに出会ったのが14歳の時だ。メリーモナーク・フラ競技会で審査員を務めるホクラニ氏に師事したのち、19歳にして共同ながらもクムフラとなる。古典フラが得意なケアリイは、ハワイ語のチャントでも、その類いまれな実力を発揮した。
クムフラとしてハラウを統率するかたわら、ハワイ語の研鑽を積んだケアリイは、マウイ島で初めての、ハワイ語だけで授業をする学校の開設にも関わる。
「教科書やカリキュラム 作りもたいへんだったけど、子ども達の前で自分が英語を話すことを隠すのにも苦労した。ある時食料品を買いに行って、レジの人と英語で会話していたら後ろに生徒が立っていて。その後しばらく口を聞いてくれなかったよ」
当時の教え子はみんな立派になって、中にはハーバード大学へ進んだ子もいると、誇らしげに付け加えた。
フラ、チャント、ハワイ語をマスターしたケアリイが音楽でデビューしたのは32歳になってから。過去に「人前では歌うなよ」とけなされたことがバネとなったと言うくらいだから、相当の負けん気だ。そのデビュー作「Kawaipunahele」が一気に35万枚を売り上げるヒットとなり、ハワイアン・ミュージックの歴史を塗り替える一枚となることを、誰が予想しただろうか。
しかしその後の彼の活躍を見ても、ケアリイの音楽での成功は 、成るべくして成ったと断言できる。
フラとチャントを通して、ケアリイはかつてハワイアンの人びとがいつどこで何を見て、何を感じたかを知る。フラとチャントで過去や先祖とのコミュニケーションを取っている。同時に彼は音楽に、今日彼が見る、彼が生きる世界を映し出す。50年後、100年後の未来とコミュニケーションが取れるように。
「ハワイアン・カルチャーの今のブームを見て一番驚いているのは祖父母の世代かもしれない。文化とは、過去の遺物ではなく、日々創り上げるものなんだ。未来への橋渡しとなるように、様々な形で文化創造に貢献したいと思っているよ」
【写真上】フレンドリーな笑顔のケアリイ・レイシェル
【写真中】デビューアルバム「Kawaipunahele」のジャケット写真
現在までに50万枚の売り上げを記録
【写真下】コンサートではいつもフラダンサーがサポート
http://www.kealiireichel.com
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