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カヌークラブって部活みたいね、と人に言われる。ある意味では日本の部活と似ているのだけど、資金調達では実にアメリカ的な側面がある。大きなカヌーを何艇も維持するのも、レースに出るのもお金がかかる。普通に考えると、必要な経費を部員の頭数で割った金額を部費として徴収するものだろうけど、カヌークラブの場合はそうではない。部費は最低限の金額に抑え、残りの経費は他人様から頂戴する。この資金集めをファンドレイザーと言って、洗車をしたりチリやソーセージを売ったり、パーティーを催しその差額で現金を稼ぐ。私のクラブでも、今年のファンドレイザーはパーティーと決まった。
一人10ドルのパーティーチケットを10枚売るノルマが課された。100ドルを他人からいただくという行為はそう簡単ではない。パーティーに来てもらって、そこでさらに飲み食いしてもらうお金の一部もクラブの売り上げになるから、チケット代の寄付だけではあまり意味がない。この時期はどのカヌークラブもこういうパーティーを催していて、お互い誘い合うと結局は買ってもらった分買わなくてはいけないからそれもできたら避けたい。普段からかなり親しくしている友達や職場の同僚は二つ返事でOKをくれるけれど、ちょっとごぶさたの友達に電話するのには気を使う。あんまり買って買ってとストレートには言いにくいし、でも売りたいし。どっちつかずの素人セールストークではやはり友達を説得できず、売れないチケットが手元に残ったままパーティーの日が迫っていた。
このファンドレイザーというカルチャーは、カヌークラブに限ったものでなく、アメリカでは小学生からその洗礼を受けるほど日常に浸透している。クッキーやブラウニーを売ったお金で、本や文房具、遠足の費用に充てる。少年野球も、ガールスカウトも、ブラスバンドも、フラハラウも、遠方の試合やリサイタルに出るためにはファンドレイザーで資金を集めるのだ。寄付と根本的に違うのは、労力や品物の対価として現金を得ることだ。親から満額のお金を出してもらって好きな趣味にふけるのではなく、資金集めは自己責任でもある。幼少期からこの習慣に親しむことで、社会の一員という認識が植え付けられる。NPOなど非営利組織の活動や社会支援活動がアメリカでは盛んなのも、こういう教育が社会貢献の意識を早くから育てているからに違いない。
苦戦していたパーティーチケットは、当日までになんとか完売した。3枚も買ってくれた仲良しの女友達が、さらに彼女の同僚に売ってくれた。彼らは私とは一度しか面識がないというのに。ハワイで生まれ育った彼らはやっぱりファンドレイザーに慣れているからね、と一言で片づけられるものでもない。先約があったのか、パーティー開始後2時間以上経ってから現れた彼らはすでにべろんべろんに酔っていた。それでも約束を果たしてくれたロコボーイたち、彼らの純粋でやさしい心にじんときた。
こうして他人を巻き込むと、自分だけの力でカヌーを漕いでいるのではないと改めて思う。パーティーに来てくれた人にサンキューカードを書かないと、と思いながら時間だけが過ぎる。まだまだ修行の途中である。
文と写真:澄水ゆかし
【プロフィール】
短距離から長距離はモロカイレース「ナ・ワヒネ・オケカイ」を完漕する、カママラホエ・カヌークラブ所属の自称“カヌーガール”。共著に双葉社発行『ハッピーグルメハワイ』『ハッピーハッピーハワイ』他。 |
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