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ロイス・アン・ヤマナカ氏は、ハワイではもちろん、アメリカ近代文学者として名の知られた作家である。ある日、彼女の小説に出てきた“グラス・フロート”という言葉の実体がつかめず、それが何かを夫に尋ねた。日本人である私が知らないとは、と半分嘆きながらの夫の説明によって明らかになった“グラス・フロート”にまつわるストーリーは、私を一気に魅了する。 グラス・フロートとは、日本の漁師が1900年代前半に使った、ガラスでできた球状の浮きだ。タマゴほどの小型から、直径50cmという大型のものまで、サイズも色もそれぞれ。漁師網の端っこにくっついて、大漁を助けてきたものたちだ。それが徐々にプラスティックに取って代わられ、漁師網から離れたガラスのボールは、ゆらゆらと太平洋を渡り、ハワイやカリフォルニア、オーストラリアの岸に、年月を経て流れ着いた。ハワイの海辺で、夫はきらきら光る緑のフロートを見つけては歓声を上げ、兄と競ってコレクションをした幼少期の思い出がある。それは、ロイス・アン・ヤマナカ氏が小説の中で描いたローカル・キッズと同一のものだ。 ひとたびハワイを訪れると、たちまちハワイに恋をして、離れられなくなる日本人は多い。なにゆえ我々はハワイに惹かれるのか、という容易でない問題について、時おり考える。ハワイには、サトウキビ農場で働くために移民として海を渡ってきた日系のひとびとが存在して、彼らの子孫が大切に守り通している文化がある。移民文化の存在は大きいが、たぶんそれだけではない。百年前に、日本の誰かが息を吹いたガラスのボールが、潮とうねりに乗って流され、浜に打ち上げられて、ハワイの子どもたちの宝物となった。そんなストーリーを知ることによっても、日本とハワイの距離は一気に縮まる。島国の日本とハワイは、確かに太平洋でつながっていると、改めて思うのだ。 世界中にコレクターがいるというグラス・フロートは、ネットのオークションサイトで グラス・フロートの話を夢中になって聞き入った数日後、私は夫から小さな紙袋を手渡された。中には、とろけそうなほどうすい緑と青のグラス・フロートが二つ。夫の兄が大事にコレクションしていた中から、分けてもらったという。すべすべしたガラスの膜には、まあるい空気の泡がちりばめられて、光に透かすと美しさを増した。
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