コミュニケーションの愉しみ
海外で暮らすということは、ちょっと前まではかなり勇気がいることで、また、それほどよく聞く話ではなかったように思う。かく言う自分も子どもの頃は、まさか自分が海外で暮らしていくことになろうなどとは夢にも思わなかった。それでも現在、なんとか外国で暮らしているのは、運と勢い(笑)、そして技術の進歩による部分が大きいように思う。
ハワイのとある大学にてコミュニケーション学を専攻したとき、まさにこの社会の変化を説明付けるセオリーを学んだ。それは、Technological Determinism(技術決定論)という コミュニケーション論の理論で、簡単に言えば その時代時代の技術が、社会や文化、人々の価値観を決めていくというものだ。(例えば、活版印刷の発明のおかげで口語に頼らない記録の保存が容易になり、かつ教育レベルが上がるなどの結果をもたらした、または、電話の発明で情報の伝達速度があがった、などが挙げられる。)そしてもちろん、今の世の中を変化させているのはインターネットである。
ハワイはアメリカの中では、かなりアジアの文化が浸透しているとはいえ、やはり西洋の国であり、英語の国。文化も考え方も価値観も日本とは違う。 一昔前なら、海外暮らしの中で困ったことが起きたときには英語で問題を調べ、時間をかけて解決しなければならなかったであろう。それが今では、ハワイの自宅に居ながらにして、時間を問わず、 インターネットで解決法を世界中から検索することが出来る。その際、他の日本人の経験なども参考にしながら解決法を調べていけるので、比較的短時間で海外での問題を解決することが出来ることも多い。海外在住者の精神的負担が軽減したことは、疑念の余地がない。
面白いことにこの技術は、日本で暮らす家族や友人の感覚も変化させている。 私は個人的なブログのページを持っているが、家族や友人は、そのブログを読むことで、私が遠く離れた場所にいるという感覚があまりないという。むしろ私の日々の日記を通して何をしているのかがわかるので、私が日本にいたときよりも身近に感じている程だそうだ。この空間的な距離感の変化は、まさに現代を象徴しているように思う。
私たちの暮らしや認識を変えたインターネットは瞬く間に認知されたとはいえ、まだまだ新しい技術であり、かつ発展中である。今後どのように変化していくのかは誰にも分からないであろうが、コミュニケーションの形態を変化させ続けていることは確かである。日本とハワイという遠くて近い場所が、ネットを通して さらに近づくことが出来るようになった今、情報発信側として何が出来るのか、新しいアイデアが鍵となってくるであろう。
外国で暮らしてくことが以前より簡単になった分、他の部分での課題はより大きくなったのかもしれない…。



